エゴイスト   
〜菊丸side〜





あ〜あ…何で俺は、不二の支えになる事が出来ないんだろ……

不二が本当に苦しい時に何も出来ないから…

こんな風に、抱かれる事しか……

別に嫌って訳じゃない。不二の事は…きっと好きだから

でも、こんな事をしてても…不二の心の闇は救えない

俺じゃきっと…無理だから……


「痛っ……」


不二は俺を保健室に連れてきた後、静かに教室に戻って行った。

…何だか、思い詰めた表情だった。

俺も彼を、結局は追い詰めてる一人なのに。

なのに…不二を救うどころか、余計に闇を深くさせてしまってる…。

自分の無力さが、情けなくて、悔しくて…

ベットに寝転がりながら、そっと唇を噛み締めた。


「あら…菊丸君…」

「あ、先生」

「もう、また…なの?不二君に、ほどほどにしてって伝えてね」

「………はい」


何でか知らないけど、保健医の先生には…俺達のイケナイ関係がばれてる。

でもそれを咎めるどころか、黙認してくれてる先生。


「私はこれから会議に出るけど…一人で平気?」

「平気…です」

「そう。寝ててもいいけど、お昼には戻るのよ。…不二君も心配してるだろうから」

「はい…」


そう言って、先生は出て行った。

…本当かな、本当に不二は…俺の心配をしてくれてるのかな…?

それなら…凄く嬉しいけど…。


「まさか、ね…」


不二が俺に感じてるのは、恋愛感情じゃない。

…同類を見てるのかもしれない。上手く人を愛する事の出来ない…"不器用者″同士だから。


「俺も壊れないかな…。いっそ、その方が楽かも」

「…何が楽なんすか?」

「え?!!」


首を上げて見ると、そこにはおチビが居た。

……俺と同じ、不二に壊されそうになってる奴。

彼も同じで、不器用者だ。


「お、おチビ…いつの間に?」

「…先輩が『まさか、ね…』って言った辺りから」

「あはは…」


やっばいなー…。おチビとあまり、話たくないのに。


「先輩、最近変ッスよね」

「…そ?」

「うん。今にも…消えちゃいそうな感じ…」


何言ってんだよ。そう言うおチビの方が、幻みたいで…

俺の目の前から、スッと消えてしまいそうなのに。


「俺は平気…。おチビは?」

「は?俺がなんすか?」

「…え?あれ…」


何だ、不二ってば…。まだおチビに手を出してないんだ……。

安心したような、残念だったような。


「ホントに変」

「…お前ね、それが先輩に対する態度か?」

「…俺はそんな英二先輩、知らないから。俺の知ってる、先輩じゃないから」


はは…吃驚した……。いつもの俺じゃないから、先輩扱いしないって??

スッゴイ…、こんな後輩を持って、ある意味嬉しいかも。


「うん、ゴメンにゃ。もう大丈夫!」

「…………」


無理して笑顔作って、おチビに見せた。

後輩に言われちゃうなんて…ちょっと情けないもんね。


「違う…。俺、そんな表情が見たい訳じゃない…」

「おチビ…」

「何を考えてるの?…先輩達の間に、何があるの?」


おチビの言ってる先輩達って言ったら…やっぱり俺と不二と手塚だろうな。

明らかに、他の奴等とは違う。

互いがよそよそしい。嫌いという感情とは違う、何かで繋がってる俺達。

人一倍勘の良いおチビが、気付かない訳がない。


「そんなに知りたいなら…俺以外の奴に聞いて」

「……ヤダ。先輩から聞かないと、真実を知れない気がする」

「…」


そうかもしれない。不二と手塚が、互いの事を話すとは思えない。

でも…俺だって…


「…俺、おチビが思ってる程…良い奴じゃないんだよ」

「それでも俺は、先輩が一番信用出来る」

「参ったな…」


この様子じゃ、誤魔化しは効かないみたい。

俺から…このことを話す事は出来ないんだけどなぁ…。


「…それを話す事がどうしても無理なら、先輩の事を教えて」

「俺?」

「うん。誰でもいいから、何か知りたいんだ…。俺、誰の事も詳しく知らないから」


そうだろうな。相手の事を深く知らないって事は、相手の名前だけを知ってるだけと同じ。

その人の性格、好み、行動を理解して初めて…『相手を知る』ということだと、前に不二が言ってた。


「俺の事かー…。ねぇ、おチビに告白してもいい?」

「何をッスか?」

「…俺の好きな人」


おチビの表情を、チラッと見た。

その表情からは不安の色が見える。…大方、俺の好きな人が手塚だと勘違いしてるんだろうな。


「俺ね……不二が好き…だと思う」

「…何すか、それ」

「ハッキリと判んないんだ…。可笑しいよね、自分の事なのに」


…何言ってんだろう。おチビに言って、どうすんだよ。


「…それでいいんじゃないすか?俺もよく、自分の気持ちが判らないし…」

「おチビは、誰が好きなの?」

「部長…と、好きとは違うけど…不二先輩」


…「不二先輩」。その言葉を聞いて、俺の心が黒く染まった。

駄目だよ…不二はまだ、俺のなんだから。

おチビが出てきたら、駄目なんだよ…。不二が「恋愛」を覚えちゃうから…。


「…よく判んないけど」

「おチビ…」

「?」

「ッ渡さない!誰にも渡さない!不二は…不二は…!!」

「ちょ、英二先輩?!俺、別に好きじゃないからっ…」

「許さない!俺から……俺の居場所を奪う奴は許さない!」


もう、気が動転していて。何がなんだか判らなくて。

ただおチビの身体を引き寄せて、無我夢中で服に手を伸ばした。


「やだっ!先輩、やめて!!!」

「…くそ!俺に出来ない事を、お前は出来るんだ!俺には不二の傷を癒す事も、出来ないのに…ッ!!」





気が付いた時には、手にしっかりと携帯が握り締めてあった。

勿論それは自分の物で…。記憶のない俺は、恐る恐る、画面を見た。

…おチビの、全裸の姿。

真っ赤に染めた表情から、まだ可愛らしい男の証まで…しっかりと撮られていた。

まさか…まさか…


「っ?!!」


隣には、ぐったりと横になってるおチビ。

その目からは、うっすらと涙が流れていた。

……一定の呼吸から、気を失ってる事が判った。

…嫌だ、まさか俺も…


「俺、おチビを…?」


逸らしてしまった視線を戻し、おチビの身体を見詰めた。

……良かった。犯してしまった訳ではないようだ。写真を撮っただけか…


「何で…こんな事……」


自分を抑える事が、全く出来なかった。

だって、おチビの写真を撮ってる時の記憶なんて、残ってないし。

…すぐに写真のデータを消そうと思った。

けど、止めた。だっておチビはライバルだから。

どうせおチビには嫌われてしまったんだ。それなら、これを利用しない手はない。


「ごめんね、おチビ」


やっぱり罪悪感はあるから、そっとおチビの衣服を直した。

そして、まだ重い身体を引きずって、保健室を後にした。

おチビを放って置いていいかな…って思ったけど、俺はもう触らない方がいい。

…俺も、不二と同じ苦しみを味わう事になってしまうから。

それだけは避けたいと思いながらも、手に握った携帯からは……

俺の本心が滲み出ているようで、少し泣きたくなった。